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2010/02/15

公立中高一貫校は必要か-日本の教育制度を考える(5)

 近年の市場原理に立つ「教育改革」が、日本の公教育を破壊している。今回は公立の中高一貫校の問題を取りあげたい。
 公立の中高一貫校は、6年間でゆとりをもって個性を伸ばす制度として、99年施行の改正学校教育法で認められた。その後全国に広がり、2008年4月現在で158校が中高一貫校として存在している。法改正の際、国会では「偏差値による学校間格差を助長させない」と付帯決議したにもかかわらず、状況は一変し、千葉中学の入試倍率が今春17倍となるなど入試競争が激化している。塾は、中高一貫校対策として入試問題を分析し、私立の中学受験のごとく受験対策講座を行っている。
 東京に住んでいると、新聞に塾のちらしが山のように入ってくる。公立中高一貫校の合格実績が以前の私学や高校の合格実績の如くに、大々的に謳われる。公立中高一貫校は、私学一貫校と異なり、義務教育段階の中学では授業料が無料で、来年度からの高校の授業料無償化によって、中高6年間授業料が無料になり、更に人気がでることが予想される。入学の難関化によって、今後大学の進学実績も私学に引けをとらない数字をあげてくるだろう。
 公立中高一貫校は、当初、高校入試がなくゆとりをもって個性を伸ばす教育を行うことができるとして始まった。ところが、当初の設立の目的から大きく離れ、大学進学に特化したエリート校化が進んでいる。確かに、私学に行くほどの経済力がない家庭でも、学区を離れてどこからでも受験できる比較的費用の安いエリート校として中高一貫教育を選択できるようになった。しかし入学するためには、高校から中学に降りてきた入学試験のために、小学校段階から塾で高い費用をかけて受験対策を受け、厳しい競争に勝ち抜く必要がある。入学の際の適性検査に私立入試並みの対策が必要とされるようになっているのが現実だ。
 受験学力が高校入学段階で要求される入試が、中高一貫校では、中学入学段階で要求される。小学生の時から、親の期待を受けて、中高一貫校に入学するために、受験に特化した学習を塾でさせられる。相も変わらぬ暗記型の受験学力の習得に貴重な子ども時代の時を浪費し、子ども本来の豊かな人間形成の機会を失ってしまっている。小学校の時は、自分は毎日遊び回っていた。その中で、友達とのやりとりや自然の不思議さ、図鑑や本を読んで、本来の思考力の基盤を形成していた。ところが、今では小学生は、親の一元的な期待を真に受け、私学や中高一貫校の受験勉強に明け暮れているのだ。前回の記事で世界で稀な高校受験の問題点を指摘したが、日本では更に低年齢化し、中学受験と化してしまっているのだ。日本の選抜入試は、もはや末期的とさえ言えるのではないか。子どもの遊びたいという本来の本性が親の期待によって押しつぶされ、子どもの人格形成が歪み、大人になってアダルトチルドレンなど様々な心理的問題を抱えていく構図が透けて見える。
 そもそも、人間の発達において、中1段階の受験学力の優劣がその後の学力形成を決定するなどという理解は、本当に愚かしい発達観ではないだろうか。中高一貫校の入試に失敗した生徒は、無用な劣等感に陥るだろうし、合格した生徒は入試学力で成功したことによって、馬鹿げたエリート意識をもってしまう。入学したはいいものの、高校の進学校の大学受験に特化した受験学力を身に付ける授業が、中高一貫校では6年間も続いていくのだ。自分の進学校の中退の経験からも、必ずそこから、受験学力中心の授業に違和感を感じ、登校を拒否する生徒や不登校の生徒が生まれることは目に見えている。子ども本人にとって不幸であり、子どもこそ制度を導入した政権や官僚の犠牲者である。
 東京都の塾が開いた「公立中高一貫説明会」では、都立の中高一貫校の校長が招かれた。壇上で校長が「中3全員がオーストラリアに語学研修をします」「放課後に先生が控えて学習できる場所があります」などと、優秀な子どもを集めようと、学校の宣伝をしたそうだ。塾の説明会に私学の校長が来て自校の宣伝をすることは、私学の経営のために必要かもしれないが、公立の校長が、塾に来て宣伝マンと化している現状を知り、心から情けなくなった。公教育の理想に燃えて教員になったはずの校長が、セールスマンのごとく自校に優秀な子どもを集めている。すなわち、地元の中学校から優秀な子どもを奪い取り、地元公立中学校の崩壊に加担してしまっている。公立中学校は私立中学にも公立一貫校にも行けなかった「負け組」の吹き溜まりになりつつある。地域社会に育まれながら、地元の小学校から地元の中学校に進学し、勉強のできる子もできない子も共に学校生活を送りながら学び巣立っていく地域の学校が、急速に崩壊している。公立中高一貫校が地域社会を分断し、共同性を破壊している。改めて公教育とは何であるか、原点から考えるべき時にきている。

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コメント

それよりも、国立大附属(筑駒・学芸など)のエリート校化が問題だと思います。
国立なのに中学入試では非常な難問を出します。

投稿: すが | 2010/02/15 15:35

教育者が子どもを商品として見るようになったらおしまいですね。

投稿: 思春期の家出 | 2010/02/17 13:57

なんか、このブログ、めっちゃ読みやすいっすね。

投稿: ひきこもり当事者 | 2010/02/28 11:26

返信遅くなってすいません。

>すがさん
国立大附属は問題ですね。入試の公平性を守るための選抜が有名無実化し、進学校化している状況では、教育学部では何のための誰のための教育学研究をしているのかと、疑念を感じます。フィンランドでは、国立大附属でも、公立中学校と同じで、できる子もできない子もいる生徒集団だそうです。だからこそ、附属の先生方の教育実践が公立小中学校の教員に役立つのですが、日本では公立学校の教員が附属の教育実践に対して「優秀な生徒を集めた附属だから..」とシニカルに見られるだけで終わっている感がします。競争原理に加担する教育学部附属の意義を問い直す必要性を感じます。

>思春期の家出さん
本当にそうですね。特に公立学校の教育者は、自負をもって子どもの教育にあたってほしいと思います。商品として選ばれる学校の状況も、問題だと思います。日本は近年の教育改革によって、教育に市場原理が徹底してしまった感があります。世界の国々の教育制度を知ればしるほど、日本の特異性が見えてきます。
 思春期の家出さんのプログの、家出の細かい分析が参考になりました!

>ひきこもり当事者さん
ありがとうございます!レイアウトか文章か、いずれにせよ読みやすいと言って頂けて嬉しいです。ひきこもり当事者さんのブログの、ひきこもりの分析、楽しみにしています。

投稿: mae.T | 2010/03/04 18:39

高校入試も大学入試も、入るのは易しく、出る時に難しくすればいいのに。

生徒の意欲も問いつつ、教師の人間性にかかってくるぅ〜。
(~ヘ~;)

投稿: 珊瑚 | 2010/04/24 17:39

私も全く同じ内容のことを、自身のブログで主張し続けております。都立中高一貫校の最大の問題は、その設立の趣旨にあり、カリキュラムや、すでに進学実績を上げている学校を利用した点など(教育力に自信がないのでしょう)、明らかに、受験予備校だということです。そして、特別対策した子供でなくては、ほとんど合格は無理という状況であることから、経済的に、ゆとりある社会階層でなくては手が出ない、つまり、経済格差による教育格差を、容認、いや、推進している点です。公教育は、地域の発展と、教育の機会均等、を支える使命があると考えます。これらをすべて無視し、受験競争レースに参加することにより、ごく少数の者の便宜を図る特権的予備校が、今流行の公立中高一貫校の実態ではないでしょうか。意図的にそうした、と考えるべきと私は思います。公立とうたっていますが、進学条件は私学と何ら変わらず、また、受験競争に勝つことが教育だという、偏った思想で構築された学力養成機関です。私は、学校だとは考えていません。不思議なのは、だれも、これに反対しないことです。いま、公教育に求められているのは、少数の受験向きの子供への対策ではなく(勝手に勉強するので放っておけばいいのです)、大多数を占める、普通の子供たちへの、きめ細やかな対応です。なぜか、日本の親は、自分の子供が、特別扱いされることばかりに関心があり、大多数の普通の子のことに思いがいきません。不思議ですね、自分の子供に自信があるんでしょうか。普通の人間が社会を支えている事実を、もっと大切にしなくては、この国は、ワガママな王様と奴隷だけになってしまいます。そうしたい人たちが、活発に動いたことが、公教育に後輩をもたらしたと、考えます。

投稿: tmuris | 2010/09/01 21:16

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